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天皇皇后夫妻 モンゴルへ出発・・・→モンゴルへ到着しました

こんばんは。

7月6日天皇皇后夫妻は羽田空港から政府専用機でモンゴルへ向けて出発されました。東京地方は今日も暑く”通常見送りは乗り込みのタラップの前で行われますが、6日は暑さのため、雨の日の対応と同様に羽田空港の貴賓室で見送りが行われました”とのことでした。

平成時代までは天皇皇后両陛下の海外公式訪問の時は、超高齢の方、意外の成年皇族方全員が羽田空港までお見送りとお出迎えされたものですが、令和は寂しいですねぇ。皇族は秋篠宮ご夫妻だけの状態になりました。それもこれも、愛子さまが原因ではないだろうか?と思うのですが。それとも令和では無駄だと思って簡素化しているのでしょうか。武蔵野陵参拝も無しで代拝なのか、何もかも令和は簡素化、悪く言えば手抜きの令和流になりました。

貴賓室でのお見送りで思い出したのが、上皇夫妻(当時の天皇皇后)が海外から帰国された時に、雨が降ってきたので急遽貴賓室でのお出迎えになった時、雅子さまが「室内でのお迎えになりお休みになりました」の時がありました。雨が降って室内(おそらく貴賓室)に変更になっただけなのに、あれはなんだったのだろうと不思議な事でした。

雅子さまの衣装はテーラードカラーのジャケットは予想から外れましたが、京唄子師匠帽子とミモレ丈のタイトスカート、バカの一つ覚えのリンクコーデはピンポーンで当たりでした。スカートの後ろ両サイドには歩きやすいようにプリーツを入れていました。色は薄いピンク色で愛子さまからお借りした・・のではありませんでした。

雅子さまはもう何を着てもどうでも良くなってきてます。やぼったくて相変わらず仕立てが悪いのか、羽田空港までの移動時の姿勢が悪いのか、シワシワでくたびれたジャケットです。 紀子さまは夏色のスーツと帽子で良いです。どうして紀子さまのようなスーツを作れないのだろうか??



老夫婦 はらはら
すごした日々が朽ちてゆく
蒼い夏に淋しさあり
ぼくは平凡な愛妻家
もうなにも考えまい
愛することのわずらわしささえ   吉田拓郎 蒼い夏より

いつか風が散らした花も
季節巡り 色をつけるよ
また君に恋してる いままでよりも深く
まだ君を好きになれるから心から

ビリーバンバン また君に恋してるより

天皇皇后夫妻 モンゴル到着

フライト約5時間で無事にモンゴルに到着された天皇皇后夫妻に相応しく、モンゴルではタラップを降りると直ぐにモンゴルのお菓子で歓迎でした。モグモグしながら挨拶だったみたいです。

天皇皇后両陛下がモンゴルに到着 歓迎のお菓子を口に…国賓として公式訪問

【速報】天皇皇后両陛下、モンゴルに向け出発 即位後3度目の国際親善訪問 日本人抑留者慰霊碑に天皇として初めて供花へ

両陛下、モンゴルに到着 歴代天皇初、国賓で1週間

【ウランバートル時事】天皇、皇后両陛下は6日、国賓としてモンゴルを公式訪問するため、東京・羽田空港を政府専用機で出発し、首都ウランバートルに到着された。同国訪問は、天皇陛下は皇太子時代の2007年以来で、歴代天皇、皇后としては初めて。13日に帰国する。
両陛下は羽田空港で、秋篠宮ご夫妻らの見送りを受け出発し、約5時間かけチンギスハン空港に到着。専用機のタラップを降りると、民族衣装を着た女性から銀杯に入った乳製品「アーロール」を
差し出されて口にし、赤い花束も受け取った。出迎えたバトツェツェグ外相と握手を交わし、儀仗(ぎじょう)隊が並ぶ中、赤じゅうたんを進み、車に乗り込んだ。

両陛下は8日、公式行事である歓迎式典やフレルスフ大統領夫妻との会見、晩さん会に臨む。旧ソ連に抑留されモンゴルで亡くなった日本人約1700人の慰霊碑も訪れ供花する。11日には公式行事として、同国最大の祭典「ナーダム」の開会式に出席する。日本が支援してきた多くの施設にも足を運ぶ。7日にはチンギスハン国立博物館と、天皇陛下の研究テーマである水の関連施設を訪問。
9日には日本の高等専門学校(高専)をモデルに設立された「モンゴルコーセン技術カレッジ」や、現地の公立学校、病院を訪れる。10日は日本式教育を導入した「新モンゴル学園」を訪れる。

皇后さまは公式行事を中心に、体調を踏まえて出席する。滞在中は秋篠宮さまが国事行為を臨時代行する。記事出典 時事通信 https://www.jiji.com/jc/article?k=2025070600098&g=ryl



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