悠仁さまが昨日の12日に京都、舞鶴引揚記念館を一人で訪問されました。
“宮内庁によると、2017年に秋篠宮ご夫妻が訪れた際、同館からいずれは悠仁さまも足を運んでほしいと話があり、23年夏にも訪問の相談があった。” との事で、舞鶴引揚記念館からの訪問のお願いがあり、悠仁さま御一人で訪問されました。
悠仁さまが御一人で地方に出向くのは、伊勢神宮参拝をされています。すぐ下の動画は約8分と長いのですが、悠仁さまが質問など話す声がハッキリ聞けます。秋篠宮殿下よりハッキリした声質と話し方で成年記者会見を始めとして、今後は檀上でスピーチする機会も増えますが、聞き取りやすい話し方、声質でした。
【kyoto】悠仁さま 京都・舞鶴引揚記念館を訪問。学生語り部の案内受ける
【悠仁さま】舞鶴引揚記念館を訪問 幼い頃から戦争の歴史学び…初めて明かされる“ご進講”秘話も
悠仁さま、引揚記念館を訪問 シベリア抑留資料を見学―京都・舞鶴
秋篠宮家の長男悠仁さま(18)=筑波大付属高3年=は12日、第2次世界大戦後のシベリア抑留や引き揚げに関する資料を展示する京都府舞鶴市の「舞鶴引揚記念館」を私的に訪問された。
悠仁さまは地元の高校生らでつくる「学生語り部」の案内を受け、展示資料を熱心に見学。抑留者がシラカバの樹皮にすすで作ったインクで和歌をつづり、日本に持ち帰った「白樺日誌」を見て「見つかったらすぐに没収されてしまうこともあるわけですよね」と話した。
引き揚げ者を受け入れた舞鶴の港の模型を見た際は「シベリアとか向こうの港からはどれくらいの距離が」と尋ねた。その後、復元された「平引揚桟橋」も訪れた。同館では語り部活動を行う同市の80代女性2人と懇談し、引き揚げ者を出迎えた経験を聞いた。終戦直後の人々の暮らしに話が及び、「お洋服はどうされたのですか」と問い掛けたという。
宮内庁によると、2017年に秋篠宮ご夫妻が訪れた際、同館からいずれは悠仁さまも足を運んでほしいと話があり、23年夏にも訪問の相談があった。筑波大への進学が決まり、学業に支障がないとして、この時期の訪問が決まった。記事出典 時事通信https://www.jiji.com/jc/article?k=2025021200784&g=ryl#goog_rewarded
悠仁さまの加冠の儀の日程がなかなか発表されません。前回は5月中旬でも良いかと思っていたのですが、まだ2月中旬であと3か月もあると思うと長いですね。ブログも悠仁さまの加冠の儀を節目として継続してきたので、あと3か月は長く感じるこの頃です。
天皇皇后夫妻の都合で引き伸ばしているのか?は分かりませんが、遅かれ早かれ加冠の儀は執り行わなければなりませんし、悠仁さまが園遊会、新年の一連の儀式、その他にお出ましになる日はやってきます。
筑波大学に在籍するのも、大学院、途中で留学をするとしても長くて6、7年。10年もの長きに渡って筑波大学に在籍するワケでもなく、卒業後は皇族としての公務、祭祀に取り組み、いずれは天皇陛下になる方です。
眞子さんの結婚は不本意でしたが、一度も帰国することなく2人で生活しているのですから、薨去されるまで50年~居座るであろう末端宮家の三婆女王よりは税金を使わなかった眞子さんです。
秋篠宮家増改築も上皇夫妻が東宮御所に入らず、秋篠宮家が代わりに東宮御所に入れば良かっただけの話でした。香淳皇后の終の棲家だった吹上大宮御所をリフォームして住めば良かったのに、旧高松宮邸を改築して引っ越し、東宮御所も改築して引っ越しと、本当に湯水のように税金を使い贅沢をしたのは上皇夫妻でした。何を考えているのか分からない、内廷皇族は変人奇人異星人、集まりのようです。