先月、ニコニコ動画に週刊文春の続きの記事があり、ついつい読みたくて
入会していたので一昨日だったかな?記事とニコニコ動画を観ました。
観て読んでの感想は、徹底して人に謝ることのない人で鈍感だなということでした。

小学時代、ガキ大将と一緒になって苛めをしてたことを忘れているワケでもないが
「あの時は悪かった、ごめん」こういう言葉が自然に出ない、謝っったら負けと
思っているのか。元婚約者からお金を借りても「払う」意思が無く裁判に持ち込んで
支払金額を少なくするか、払わなくても済むようにするのか。
払ってしまった方が0.001くらい好感度が上がるのに、それをしないで
ダラダラと引き延ばして、時効を待っているのか?

小室Kは婚約内定記者会見で、自分の性格を
「まず性格でございますが、一言で申しますと、単純ということになると思います。
どちらかといえば、鈍い方かもしれません。」

鈍過ぎだろう。
全てにおいて鈍くてチグハグ。
国民からの祝福度は下がるばかりでもはや修復不可能な状態ではないか。

5月11日(土)の「直撃! 週刊文春ライブ」で一部放送した小室圭氏(27)の同級生Aさんの
インタビュー動画《完全版》を「週刊文春デジタル」が公開した。
有料記事なのとまだネットにアップされていないので所どころを紹介します。

「彼は昔からクラスの中心のおもしろい奴でした。ただ、お父さんの死が転機だったと思う。僕への接し方もあそこから変わってしまった。それまでは“親友”だったのに……」時代をまたいで積み残された安定的な皇位継承をめぐる課題。端緒となるのは女性宮家創設の再検討だが、これは眞子さま(27)のご結婚問題と不可分だ。

現在、婚約内定の状態で結婚が延期されている小室圭氏(27)との結婚が成立した場合、小室氏は悠仁さまの義兄となり、将来は“天皇の兄”という特別な立場になる。これが今後の令和皇室における重要問題であることは論を俟たない。女性宮家創設が実現すれば、女性皇族の伴侶を皇室に迎え入れる可能性も出て来るからだ。

Aさんが小室氏についてマスコミの取材に応じるのは初めてだ。

「国立音楽大学附属小学校、みんな略して『音小』と呼んでいます。1クラスに男子は6 人。2クラスしかないので、男子は小さなコミュニティでした。クラスの多くが裕福な家庭に育ったお坊ちゃま、お嬢さま。それぞれ選択必修で楽器を習うのですが、圭くんはバイオリン専攻だった。当時の腕前を『神童だった』と圭くんのお母さん(佳代氏)が言っていたという報道もありましたが、それは少し褒めすぎかも知れません」小室氏はサッカー部に所属。周囲からは「こむっち」の愛称で呼ばれ、人気があったという

中略

小室家はもともと横浜市内に住んでいたが、小室氏の通学の便を考え、新たに国立市にマンションを借りたという。「佳代さんの意向だったそうです。
敏勝氏は2002年3月に亡くなった。小室氏が小学4年生の頃だ。

「その日、保護者会があって、午前中は僕の母親が圭くんのお父さんに『ご無沙汰してます』って挨拶したそうです。元気そうだったと聞いています。『午後から仕事があるので、また』と、そう言ってお父さんは早めに帰られた。その電車の中で心臓発作で亡くなられたと、私は聞きました。お葬式には私も家族で参加しました。母はお棺に納められた、お顔を見てお別れをしたそうです」

国立市にマンションを借りて3人で住んでいたということになる。
横浜のマンション、国立市のマンションとお金のかかる国立音楽大学附属小学校に
通わせて経済的にかなり大変だったはず。 心労過労が重なっていた可能性もあり
佳代さんの身の丈に合わない上昇志向な性格が災いしたともいえる。
自殺と言えなくて心臓発作と言ったのだと思う。
お顔を見た、ということは焼身自殺ではないのですね。

大好きだった父親の死後、しばらく小室氏は学校を休んだ。
Aさんは佳代氏から、小室氏と一緒に登校するように頼まれたという。
だが、父親の死を境に小室氏の態度は一変したという。
Aさんは小室氏らからいじめを受けるようになった。




「5年生の夏前だったと思います。ある日、登校のためにいつも通り、『何時何分の電車の何号車で』という待ち合わせをしたんだけれど、、圭くんは待ち合わせに現れなかった。それなのに、国立駅で降りると彼がいて、ガキ大将と一緒にケタケタ笑っていたんです。そんなことが毎日のように続いた。圭くんは僕が電車の中で彼を探す姿を、隣の車両から隠れて見ていて、おもしろがっていたのです。その後も急に無視をしたり、容姿をバカにするあだ名をつけたり。僕は圭くんたちといるのが嫌で、図書室に隠れるようになった。でも、彼らはそれを面白がって、僕を探しだすと本棚の裏から、大声で僕のあだ名を馬鹿にするような替え歌を聞こえるように歌ってきた」

「僕は親の勧めで、4年生の頃からインターナショナルスクールが開催するサマースクールに通っていました。授業は全部英語で行われ、講師は外国人。圭くんのお母さんはその話をうちの親から聞くと、『それはウチの圭にもやらせたい』と言って、5年生のときのサマースクールには圭くんも来ることになりました。憂鬱だった。でも、ガキ大将や他の学校の友達がいなかったせいか、圭くんは優しかった」

だが、夏休みが明けると、いじめは再び始まった。内容は徐々にエスカレートし、Aさんが授業で使っていた裁縫道具やハサミなどの私物がなくなることもたびたびあったという。

「僕も圭くんもガキ大将も、同じサッカー部でした。サッカーの練習をするといって、休み時間にキーパーとして僕を立たせ、至近距離から一斉にボールを蹴り込まれるということもあった。彼らとサッカーするのが嫌で、別のクラスメイトと休み時間に校庭で練習していると、教室の窓から大声で『学校来るな!』とか『キモい!』とか大声で叫ばれました。圭くんや、ガキ大将は影響力があり、同じクラスは勿論、隣のクラスの男子まで一緒になって悪口を浴びせてきた。隣のクラスの先生が注意してくれたこともありましたが、いじめが止むことはなかった。僕は学校を休みがちになりました」Aさんへのいじめは卒業まで続いたという。そのまま国立音大附属の中学に内部進学する選択もあったのだが、Aさんは別の中学校に通うことを決めた。

 

 

実はAさんは小室氏と、成人式後の同窓会の直前、東京・渋谷で”2人きりでの再会”を果たしている。

「あのときは『ごめん』の一言くらい欲しかったです。僕的には色々あって小室くんを恨むようなところもあったけど、これだけ時間も経っていて、一対一で会ったら、彼は何を言うかと思って行ったわけです。でも、彼はまったく覚えていない感じで、『おぉ久しぶり』って、笑顔で接してきた。僕としては、その前に言うことがあるだろう、謝ることがあるだろうと、ずっと思っていました。

2017年の婚約内定報道の後は、自分のもとにもマスコミが来ました。僕はこのときは何も応じなかった。でも、2018年2月に結婚が延期されると発表があった。そこで2018年3月、彼にメッセージを送ったんです。『久し振り。取材の依頼がこちらにも来ているよ』と。僕としては、当時のことを話すべきか、どうするのか、彼に直接聞いてみようと考えたところもあった。せめて今、謝ってくれればと。『謝るなら今だよ』という気持ちもあった。久し振りの呼びかけに、彼からは返信も来て、世間話をしましたが、謝る様子がまったく無かったので、ちょっと、うちの母が取材を受けるかも知れないと伝えたんです。


すると、彼は急にかしこまったようなメッセージを送ってきた。『Aのご両親にも色々とご迷惑をおかけして申し訳ない。呉々もよろしくお伝え願います。父が亡くなった時にAが手紙をくれたり、お父さんが野球に連れて行ってくださったり、お母さんはうちの母の心を支えて下さったり…今でも感謝してる。Aのお母さんのお心遣いありがたいのだけれども、そっと見守ってくれるととてもありがたいな』と返してきた。それで僕はもう単刀直入に、いじめのことを今どう思っているのか、それを伝えたんです。でも、以降のメッセージはとたんに既読スルー。やりとりは途切れてしまいました」

いじめが精神的に及ぼした影響は今でも消えず、大学時代にはカウンセリングに通ったというAさん。医師からは「幼少期の経験が原因の可能性が高い」と診断されたという。Aさんへのイジメに対して、小室氏の代理人弁護士を通じて事実確認を申し込んだが、期日内に回答は得られなかった。取材班は音小の同級生や保護者数人に話を聞いたが、大半はAさんへのいじめがあったことを認めた。以下省略





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