BSフジで「皇室のこころ」~2018 春~という番組を
来訪客が帰ったあとに、放送時間途中から見て
その後、また雑用があり途中から録画したのを観ました。

いやはやーー見終わると未だかつて見た事がない
雅子さまの婚約、結婚から来年は皇后になるまでの25年間の
壮大なプロモーション番組を観た気がしました。
これを観たら「雅子さまが皇后でいいじゃん」と思う人多数です。

前半の美智子さまの部分を見ていないのですが
今までの美智子さま番組から雅子さまへ変換した番組です。
貴重な昔の映像が沢山あるので、削除せず保存します(笑)

番組当初部分は見ていないのでわかりませんが
私が観たのは、天皇皇后両陛下が沖縄に強く心を寄せる思い
のようでした。 その後、雅子さまってどんな人?と
雅子さまについての放送が続き、懐かしい昔の映像から始まります。
観た方もいるとは思いますが、少しだけと言いつつ結構長い番組内容です(^^;)
画像は番組内の映像をデジカメで撮影、モアレが入っているのもあります。

雅子さまについて国民が知っていること。街頭インタビュー

綺麗で優しいイメージ。
おっとりしているイメージがあり皇后になったら疲れそう。
病気をされているので心配はある。
身体のことが心配、荷が重くないか。

1993年1月6日 皇太子婚約速報 午後8時45分 報道解除

1993年1月8日 婚約速報以来初めて姿を見せる。

どこを訪れても大フィーバー(ナレーター)
そういえば、結婚当初はよくテレビでも雅子さまを取り上げていたな。
この番組は25年前を思い出し懐かしく観ました。

オフホワイトのロングコートにセミロングの雅子さま29才。
改めて見ると、やっぱり普通に美人の部類だと思いました。

(ナレーター)
まさに国民が待ち望んだお妃でした。
その思いは皇室カメラマンという人も同じだったようです。

語学堪能、これほど有能な女性が本当にキャリアを捨てられるのか。
期待と不安が入り混じったのも事実です。
しかし、そんな心配は杞憂に終わりました。
国民はご婚約会見で見た、雅子さまのきっぱりと
迷いを断ち切った姿に胸を撫で下ろします。

1993年1月19日ご婚約会見

元皇室カメラマン 高野俊一さん、
光文社 元皇室カメラマン 河崎文雄さん

皇太子さまの顔がいつもニコニコしてて
隣にいるから写真を撮っても笑顔。
雅子さまとご一緒の皇太子は一番笑顔だと。


雅子さまは恥ずかしがり屋。目立つのは一番の苦手。
常に大勢の人に見られる経験はしたことがなかったので。

オートモード平田
雅子さまの帽子デザイナー 石田欧子さんと母親の市瀬恭子さん。

以前は大きいのを被ったり飾りも結構大きい。
大勢の人の前で全員がご自分に視線が来ているというのは
相当お辛いと思いますよ(市瀬恭子さん)
見られたい方じゃないから。リボンを前にしますか、横にしますか
後ろにしますか、聞くと、前の方が大勢の方の視線が顔より上にいきますから
それにしてください、こうして始まった視線外しのアィテム。

和歌の先生、岡野弘彦さん93才。1983年~2007年 宮内庁御用掛
昭和天皇始め陛下・皇族方の和歌の指南役を務める。

初めての歌会始めの儀1994年 お題「波」この和歌の完成度にびっくりした。

生放送で見ましたが、雅子さま緊張で下唇がプルプル震えていました。
でもこの番組ではそこは少しだけ。

新婚当時の2人を見て
傾斜のあるところを手を繋いで歩いてくるところを見て
あーーーいいなぁと拝見した。(和歌の先生談)

テレビ、写真では手を繋いだ2人を見た事が無いのですが
手を繋いでいたのですか~~(@_@) 意外でした。

生き物大好きな雅子さま、イモリを飼って学校に連れて来た。
皇居でもクワガタを飼っていた、水槽に8つ。
東宮御所を散歩、ノコギリクワガタの雌を拾い飼育。
幼虫が増えて飼育をはじめた。
木くずの取り出したりお世話もして、一時は30匹飼育していた。

1994年11月 サウジアラビアご訪問。
(ナレーター)
結婚翌年、いよいよ始まった国際親善。
きっと雅子様にも並々ならぬ思いがあったでしょう。
そして日本の国民もそのキラキラとした姿にまさに新時代の
皇室を見て居ました。しかし、その後も続くと思われた
外国訪問はパッタリとなくなります。

雅子様33才の誕生日記者会見。
正確でそして個人を尊重した公平な報道というものが
なされることを希望しています。

やはり国民の皆さんの期待というものが、いろいろな形での
期待があって、その中には子供という期待もございましたし・・・
2002年12月

外国訪問がパタリと止んだのは、まずはご出産をという判断からでした。

1999年12月31日付け 雅子さま流産。妊娠7週 心拍動みられず。
お世継ぎの期待が一心にのしかかる中、起きてしまった悲劇。

2001年12月1日、愛子さまご誕生

結婚から8年、ご夫妻で臨んだ会見には言葉にならない思いが溢れます。
2002年4月愛子さまご誕生についての会見 

この会見を改めて見て、ホロッときてしまいました。

2002年ニュージランド訪問。

愛子さま誕生後、次、早く男の子を・お世継ぎのプレッシャー。
体調を壊されたのはこの頃。
そして、2004年5月皇太子の衝撃の会見。

国際親善を皇族として大変な重要な役目と思いながらも
外国訪問をなかなか許されなかったことに大変苦悩しておりました。
それまでの雅子のキャリアやそのことに基づいた、雅子の人格を
否定するような動きがあったことも事実です。

 未だに謎、雅子さまの人格を否定する動きとは?

会見から1ヵ月後「適応障害」と診断され今に続く長い療養生活に入られる。

2011年6月4日 宮城・被災地お見舞い

(ナレーター)
療養中だった雅子さまが瓦礫の中にすくっと立っている。
同行した関係者がその舞台裏を明かしている。
「なんとしても皇太子さまと訪問したい」

それは雅子さまの強いご希望だった。
苦しむ人に寄り添い言葉に耳を傾けその目は今にも涙が
溢れだしそうです。人生にはどうにもならない苦しみがある。
そんなことを誰よりもご存知の雅子さまだからこそ。

人は悲しみを知ったぶんだけ優しくなれる。


2015年 秋 12年振りの園遊会

最近は明るい帽子を新調することが嬉しい。(オートモード平田)

2015年10月 福島・ふたば未来学園高校を訪問した時に詠んだ歌。

2016年 お題「人」

「ふるさとの復興 願ひて 語りあふ 若人たちの まなざしは澄む」

療養中は家族の和歌が多かったが、(お心が)広がっています。
また広がってきたから良い方へ向かっておられるんだなって(和歌の先生)

虫好きの雅子さまなら蚕を大切にされることでしょう。

2017年12月「障害者週間」関係者表彰式

小学2年生の少女が障害がある弟について作文を朗読。
すると、その瞳が溢れそうな思いを懸命にこらえています。

感動すれば涙し、楽しい時は心から笑う。
それが新時代の皇后さまです。
テレビを観ながら書いたのでまとまりが悪くてすみません。




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