先週の高貴高齢コンビは随分と精力的に動いてお出まししたようだが
雅子さまのお姿を見る事はなかった。
一体、毎日何をして過ごしているのだろう?と気になる。

4月15日 「日本の宝失った」皇后さま弔問、石牟礼道子さん送る会

水俣病の実相を描いた小説「苦海浄土」で知られ、2月に90歳で亡くなった作家、
石牟礼(いしむれ)道子さんを送る会(水俣フォーラム主催、朝日新聞社など共催)が
15日、東京・有楽町朝日ホールで開かれた。約千人が石牟礼さんの遺影に黙禱を捧げ
交流の深かった人たちが悼む言葉を述べた。
中略
会に先立ち、交流があった皇后さまも会場を弔問に訪れた。
石牟礼さんの遺影を見つめ、白い花一輪を捧げて深く一礼した。
長男の道生さんに「お悲しみが癒えないでしょうね。慈しみのお心が深い方でした。
日本の宝を失いました」と声をかけたという。

さらに皇后さまは、社会学者の鶴見和子さんの名をあげ、石牟礼さんと初めて会ったのが、
2013年7月の鶴見さんを追悼する催しだったことに触れた。同年10月、天皇陛下とともに
熊本県水俣市を訪れた際、胎児性患者2人にひそかに面会したのは、石牟礼さんから
「胎児性患者に会ってやって下さいませ」との手紙を受け取ったことがきっかけだった。
道生さんは皇后さまに「患者さんに会ってくださり、母が感激していました」
と伝えたという。朝日新聞(上原佳久、編集委員・北野隆一)

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天皇皇后両殿下の大失敗のひとつに、皇太子の結婚相手に雅子(サマ)を容認したことだろう。
皆さまご存知のように昭和天皇がこの結婚に反対したものの、崩御されたあとに
雅子さまと皇太子婚約の速報が流れた。 まさか、あれだけ否定していた雅子さまが?と
ニュース速報を見た後に、衝撃というか、えっ??? まさかー!本当なの?な感じを受けた。

が、脳天気だった私は、あの皇太子もやーっと結婚することができたか・・・良かったじゃん。
その後、連日テレビで流される雅子さまのお出掛けファッションや派手な顔立ちに
紀子さまとは違った「華がある人」だと思いながら見ていた。

天皇皇后ご自身も、雅子さまがこれほど「使えない女性」とは想定外だったろう。

秋篠宮ご夫妻も水俣には慰霊に行っている。
果たして皇太子と雅子さまは水俣に行くだろうか?
天皇皇后両殿下のように行って慰霊をするだろうか。
皇太子は「水」をライフワークにしている、雅子さまは「お爺様は悪くない」と
仰ったそうだが、一度は水俣に行くべきだ、行かねばならないのでは。

両陛下はなぜ「水俣病胎児性患者」と面会したか 
故・石牟礼道子さんと美智子皇后の「秘話」
AERAdotより 全文は以下
https://www.j-cast.com/2018/02/10320989.html?p=al

※「絶対に極秘」直前まで患者にも知らされなかった

2013年10月27日、天皇皇后両陛下はそろって初めて水俣を訪問した。「全国豊かな海づくり大会」に出席するためだった。スケジュールは事前に公表されていたが、予定にない「面会」があった。両陛下に会ったのは、金子雄二さんと加賀田清子さん。ともに水俣病の胎児性患者で58歳。二人が過ごす福祉法人「ほっとはうす」の施設長、加藤タケ子さんだけが立ち会った。

胎児性患者は、「水俣病のまま生まれてきた赤ちゃん」ともいわれる。母親の胎盤を通った水銀で被害を受け、言語障害や運動失調など様々な症状を抱える。すでに亡くなった人も少なくない。存命の人もたいがい療養施設やケアホームで暮らす。水俣病患者の中でも最も悲惨な例として知られる。

「石牟礼さんから熱心にすすめられて、皇后陛下が胎児性患者にお会いしたいという強いお気持ちをお持ちです」――そんな急ぎの連絡が、県から施設長の加藤さんにあったのは両陛下が水俣を訪問する前日の朝だった。すべて絶対に極秘、と言われた。直前まで、実際に面会する金子さんと加賀田さんにも教えることができなかった。当日、面会会場の環境センター応接室に着くと、すでに両陛下が二人だけで座っていた。金子さんと加賀田さんは車いす。加藤さんが立ったままでいると、陛下から「どうぞお座りください」と正面の椅子をすすめられた・・・。大宅賞受賞のノンフィクション作家、高山文彦さんは著書『ふたり――皇后美智子と石牟礼道子』(講談社)でその様子を克明に再現している。

※何度も石牟礼さんを振り向いた美智子さま

天皇家と水俣とは、深い因縁がある。皇太子妃雅子さまの祖父は、興銀を経て1964年から71年まで、チッソの社長だった。患者や支援者たちが押し掛け、大荒れになった70年のチッソ株主総会の映像には、議長席に座る姿が映っている。この祖父の経歴が、ご結婚に至る過程で問題視された時期もあった。皇太子さまは93年の婚約発表の記者会見で、雅子さまとの話がいったん途絶えた理由として、「チッソの問題もありまして、宮内庁の方でも慎重論が出て・・・」と明かしていた。

こうした事情も熟知したうえで両陛下は水俣に向かったと思われる。公式スケジュールでは「水俣病資料館」の訪問が公表されており、そこで予定通り「語り部の会」の会長から水俣病の経緯と悲惨さを聞いた。そのあと天皇陛下は「本当にお気持ち、察するに余りあると思います」と、異例ともいえる長い感想を語った。居合わせた職員らもびっくりして聞き入ったという。この少し前に、実は両陛下は、「胎児性患者」と極秘の面会をすませていた。夕方になって、その事実が宮内庁から公表された。

石牟礼さんは、この面会には立ち会えなかった。せめてお見送りだけでもしたいと、帰京する両陛下を熊本空港の通路で待った。「美智子さまは石牟礼さんの姿を見つけて一瞬歩み寄ろうとしたが、警備の関係から近寄ることができず、何度も振り向いてお辞儀をしながら、階段を上がっていかれた」(熊本日日新聞、10月29日)

ほどなく、若い侍従が車椅子の石牟礼さんのところに近づいてきた。皇后さまからの御伝言がございますという。誰もいないところに移動してほしいと言われ、空港ロビーの奥まったとこに退くと、こう告げられた。「お見送りに来ていただいてありがとう。そして、これからも体に気をつけてお過ごしください」(『ふたり――皇后美智子と石牟礼道子』より)。

石牟礼さんは、この美智子さまとの触れ合いに象徴されるように、水俣の鎮魂を通して多くの人と心を通じ合った。高山氏は同書のあとがきで記す。「タイトルの『ふたり』というのは、何も美智子皇后と石牟礼道子の二人に限定されるものではない。それは本作を読めば、お分かりいただけることと思う」。

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4月14日両陛下、愛新覚羅一族の作品鑑賞 面会した溥傑氏の書も

天皇、皇后両陛下は14日、東京都千代田区一ツ橋のパレスサイドビルにある
アートサロン毎日で開催中の
「書画でみるラストエンペラーの系譜~愛新覚羅一族の書画作品展」
(桜美林学園主催、毎日新聞社、毎日書道会後援)を鑑賞された。

両陛下は、桜美林大名誉教授で書家の高橋静豪さんの案内で、書や山水画を熱心に見学。
皇后さまは「おおらかでやわらかな字ですね」と話していた。毎日新聞

4月12日両陛下、スペイン伝統校の集い出席 欧州歴訪の体験語る

天皇、皇后両陛下は12日夕、東京都港区の国際文化会館で、スペインのサラマンカ大学の
創立800周年と、「日本サラマンカ大学友の会」の設立20周年を祝う集いに出席した。
中略
同大には両陛下の訪問を契機に日本との文化交流拠点、日西文化センターが設立された。
センター内のホールは、皇后さまにちなみ「美智子さまホール」と呼ばれている。
朝日新聞(中田絢子)

4月11日天皇陛下がイネの種もみまき 強風の中、約3600粒

天皇陛下は11日、皇居内の苗代に、イネの種もみをまいた。
天皇による稲作は、昭和天皇が品種研究や農家の苦労をしのぶために始め、今の陛下が引き継いだ。
来年の代替わり後は、新天皇となる皇太子さまが続けるとみられる。

4月10日 59回目の結婚記念日を祝う夕食会のため東宮御所へ

両陛下は10日、59回目の結婚記念日を迎えられた。夜には東宮御所を訪れ、
皇太子ご一家、秋篠宮ご一家、黒田清子さん夫妻とともにお祝いの夕食を囲まれた。
皇居・半蔵門から出る際には車の窓を開け、待ち受けた人たちに笑顔で手を振られていた。

4月9日 お茶に招いたデンマークのベネディクト王女を出迎えられる


ベネティクト王女は現デンマーク女王マルグレーテ2世の妹です。似てますね。

皇太子さまは11日、来日したブータンのトブゲイ首相夫妻と東宮御所で懇談された。
小田野展丈東宮大夫によると、首相が翌日に東日本大震災の被災地・福島県を訪れることも
話題に上った。13日には秋篠宮ご夫妻と、昨年6月に同国を訪問した長女の眞子さまも
宮邸で首相夫妻と会われた。産経新聞




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