ここ数日、娘宅に入り浸りしている。
夕方6時頃に帰宅すると、ネット注文した
「リベラルタイム」が届いていた。思ったより早かった(^^)
初めて手に取り見る雑誌だ。

A4サイズの縦を1.5㎝短くした程度で幅は同じ。
ほぼA4サイズ、厚さ5mm、紙質よくページ数は
広告を入れて70ページ程度の、薄いニッセンなど
通販のカタログと似たり寄ったり。

週刊誌慣れしているので(笑) センセーショナルなタイトルはないし
これっと言った新しい発見も少ない、やや好意的に淡々と記事にしている
そんな感じでしたが、小室圭の写真とタイトルはかなりインパクトあります。
2章まで抜粋してみました。他は後日。私の感想は無しです、誤変換あるかも?

【厳重注意 無断転載しないでください】

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●納采の儀、告期の儀の後に皇室経済会議を開催
これは、ネットで無料で読めるページです。

庶民の結婚式と違い、様々な儀式がありますが
これも週刊誌、ネットでも書かれていたことでした。

≪納采の儀も告期の儀も結婚式の日取りの約一年前から
数か月前に実施される。眞子さまの結婚の日は未定だが
18年夏以降に行われると見られ、いずれの行事も七曜を
考慮しながら「大安」「友引」など慶事に相応しい日が
選ばれるのが皇室でも慣例になっている≫

≪こうした一連の行事は、眞子さまを中心に行われるが
小室家側は使者の選出や納采の品等を用意する必要がある。
式と披露宴は、都内のホテルで行われると見られるが
その費用は両家折半が原則とされる。≫

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●「士族」「平民」は結婚対象とされなかったかつての「皇室」

こちらは、週刊誌に書かれネットで書かれていた小室圭に対する
様々な意見などの他、明治憲法下の戦前の皇族の結婚、結婚相手の調査
など、興味を引く記事だった為、少し長く抜粋しました。

≪「実は、役所には批判的な意見が電話やファックスで送られて
きているんです」宮内庁の中堅職員は声をひそめて話す。

秋篠宮家の長女眞子内親王殿下が法律事務所勤務の小室圭さんと
婚約する方向で話が進められている、というニュースが
2017年5月16日にNHKの特ダネとして流れて以来も天皇皇后両陛下の
初めてのお孫さんの結婚の報道に御祝いムードに包まれた≫

中略

「いかがなものか」との声

≪今回の眞子さまの御婚約内定発表も、これまでの皇室の伝統や
しきたりの流れの中に位置付けられるものだが、過去の皇族女性の
結婚のケースとは、やや異なった国民の受け止め方も一部で垣間見られた。
具体的な内容については、職員も口を濁すが、眞子さまのお相手である
小室さんに関する意見表明があたという。

婚約への動きが報じられて行こう、新聞、テレビ、週刊誌等の
マスメディアが一斉に取材に走り、小室さんの経歴が少しづつ
明らかになっていった。神奈川県藤沢市で行われたイベントの
ひとつである「海の王子コンテスト」に出場して「王子」の一人に
選ばれたことも微笑ましいエピソードとしてプラスの評価として
受け止めていたようだ。その一方で、皇族女性と結婚し天皇家と
姻戚関係に入ることになる人としては「いかがなものか」という声もあった。
イベントのコンテストに応募するような”軽い人”として捉えるという
見方もあったということだろう。

さらに、NHK報道の翌日、マスコミ各社からの要請で小室さんが勤め先の
東京・京橋の弁護士事務所で取材に応じるよう、皇族の世話を担当する
宮内庁宮務課が小室さんと電話で連絡しながら招請した。
通常のルートである電車に乗って職場に向かうと、報道陣が取材し
乗客にも迷惑が及ぶ懸念があり、宮務課は小室さんに「混乱を避けるために
自宅からタクシーで来て欲しい」と要望した。小室さんは
「タクシー代がないので行けない」と返答したという。このために
宮務課は急遽、深夜になって車両を管理している車馬課に連絡、公用車を
神奈川県横浜市ま自宅に早朝迎えに行くように手配した。

その後も小室さんが自宅近くの本屋で『月たった2万円のふたりごはん』幻冬舎
というタイトルの本を購入するという記事も、写真週刊誌に掲載された。
こうした、微笑ましいとも思われる小室さんに関するエピソードが
マスコミに報道され、皇族の女性と将来生活をともにする立場の小室さんの
生活力(=財政力)に疑問符が生じると考える人も出てきたようだ。
皇族女性の婚家は名家・旧家がほとんどであった過去を知る人達にとっては
眞子さまの結婚相手として大丈夫なのだろうかという思いも有あり
冒頭紹介したような宮内庁に寄せられた意見に反映されたようだ≫

※変化した「皇室の結婚」

≪皇室の結婚は時代とともに変化してきている。
天皇陛下が国の統治権の総覧者であった明治憲法下の戦前までは
天皇の子に限らず皇族の婚家は、同じ立場の皇族か華族に限られていた。
「華族」は明治時代に元大名、元公家、維新功労者らのために創設された
身分制度で、皇族とともに皇室を守る「藩屏はんぺい」とされていた。
旧憲法下の皇室典範や皇室親族令で、天皇や皇太子の結婚相手や皇族の
結婚相手となる家柄は、これら皇族・華族に限られ、士族や平民出身者は
対象にはされなかった。明治天皇の内親王の嫁ぎ先は、竹田宮家、北白川宮家
朝香宮家、東久邇宮家でいずれも当時の皇族だった。

中略  画像へ

その中で唯一の例外として長男・明仁親王は
一般出身の正田美智子さんを選ばれた。
初めて皇室に一般国民の女性が、しかも皇太子妃として嫁ぐことになった。

中略

平成に入ると天皇皇后両陛下のお子さんの結婚が相次ぎ、皇太子さま
次男の秋篠宮さま、そして長女の黒田清子さんは、いずれも両陛下が
切り開いた足跡を辿るように、自らの気持ちに従って生涯の伴侶を決める
という、一般国民の間でもよく見られる結婚の携帯を選ばれた≫

※ 結婚相手の調査

≪そうした流れの中での眞子さまと小室さんの婚約内定だったわけだが
宮内庁は以前から皇族の結婚相手を調査会社等に依頼して調べていたとされる。
宮内庁の皇族の結婚相手に対する調査は、天皇家の家長である天皇陛下に
客観的なデータを上げるためのもので、皇族の結婚相手として相応しいか
否かなどの表かを目的とるものではなく、マスコミを通じて公表する際の
参考資料にもしていたとされる。
その情報が外部に漏れることもないし、当然のことながら事前に調査を
していこと自体、宮内庁は公式には認めていない。
調査の依頼は、ごく限られた幹部が相談して決めるとされているが
今回の眞子さまのケースでは、秋篠宮家からの情報が同庁幹部に伝えられ
婚約内定までの公式のプレス発表までに様々な手続きが検討されていた。
その最中に、NHKの報道が出た。そのために、外部への調査を依頼する
余裕がなかったとされる。婚約内定の記者会見で眞子さまと小室さんが
語ったように、約五年間にわたってお互いの気持ちを醸成し確認し合って
きたお二人の絆は、固く確かなものだ。
時代とともに変わりゆく皇室にさらに「新しい時代の風」を
送り込んで欲しいと願わずにはいられない。≫ これで〆

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