皇太子さまは27日午後、全国高校総合体育大会(インターハイ)の
総合開会式に出席するため、山形県に入った。
雅子さまは体調を考慮し、訪問を見送った。

雅子(サマ)の体調を考慮しての文言は聞き飽きたので無くてもよし。
皇太子一人でも公務はできているので、雅子(サマ)は真面目に治療に専念し
完治まではいけなくても、私のように寛解まで持って行き
なんとか日常生活を営めるようにしてください。
無理をしない生活は身体が鈍るだけ、たまには無理をしてみてください。

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週刊女性PRIMEに載った(これ週刊女性に載った記事ですが)
今まで謎だった、小室佳代さんのことがそこそこ詳しく書かれていて
佳代さんのお母さんの時代から遡っています。

旧姓 角田佳代さん、現在 小室圭クンの母親
小室佳代さんが昔、信心していた
大山ねずの命神示教会(おおやまねずのみことしんじきょうかい)

老眼なので、うっかり 大山ねずみのみこと
と読むところでした。

違和感があるのは

>八十子さんは高校時代に鎌倉市内のお寺の敷地内にあった
>3畳ひと間の借家に、家族3人で住み込んで下駄店を営んでいました。

佳代さん1966年産まれ51才だとする。
八十子さんの当時の年齢が書かれていない、亡くなった年齢も
書かれていないので、推測して御健在なら若くて70才~80才だとする。

鎌倉住まいではないので当時の鎌倉に住む方々の
経済状態はわかりませんが、
3畳ひとまの借家生活で下駄屋を営む生活をしていた八十子さんが
高校に入れるとは考えられません。
県立高校でも今のように無料ではありませんでした。
現在、70代の方で貧乏な生活をしていた方は中卒。
ましてや女性で貧乏生活であれば
高校入学は無く働かされていたはずです。

下駄屋は私が20才頃まで(約40年前までは)
確かに市内に2、3軒ありました。

まだ、夏場に浴衣など着物を着る女性がいた。
男性は雪駄という下駄を履く人がいた。
私の旦那も雪駄が好きで夏はよく履いていました(笑)
漫画、こち亀の両津勘吉が履いている下駄です。

それでも靴を履くのが多くなっていた時代なので
八十子さんの下駄屋も繁盛はしなかったと思います。
だから、3畳ひとまの借家生活なのです。

仮に、私が八十子さんより10才年下だとして
60代前半、私の友人は市内一番の進学校に通ったのに
大学に進学せず、公務員になりました。
中卒の人もクラスに2、3人、定時制高校に行く人も数人。
貧乏な地方の田舎なので、私の年代で女子で大学に進学できる人は
極少数、教師になるなど志のある女子で教育にお金を
掛けられる家庭の子しか大学進学は出来ず
地元で銀行員、公務員、地元企業などに就職しました。

はい、なので私は低学歴でございます。
片目ダヨーーンに頭が悪いと書かれても
はい、そうです、と反論しません。

>佳代さんの父親、角田国光さんが高校を卒業後、
>横浜市港北区内の『東和製作所』の従業員として、
>定年となる’98年まで勤務していたという。

父親の国光さんの経歴は有り得ると思います。
国光さんとの結婚により、八十子さんは貧乏生活から
脱出できたでしょう。
八十子さんの高校は非常に怪しい学歴です。
同級生の方は中学の同級生なのでは?
パパと呼んでいるのが角田国光さんかはわかりません。

1998年に定年退職、60才で定年退職だとすると現在の年齢79才。
高卒18才からみっちり働いているので厚生年金も貰っている年代です。
私の父親が貰っていた年金から推測、少しづつ年金額も下がっているので
月額手取りで20万~25万円。

八十子さんは佳代さんと弟さんを出産後リュウマチになった。
佳代さんの母親、八十子さんは病気とストレスもあり
とある宗教団体に入信した。これが、大山ねずの命神示教会。

佳代さんと息子さんのお名前もその団体の関係者からつけてもらい
旦那さんも入会していた。

八十子さんの同級生も勧誘を受けて一度入ったが
元信者が藤沢市内で凄惨な事件を起こしたときに
「親戚から“抜けなさい”と言われて退会しました」

八十子さんの同級生は退会したが、八十子さんが
退会したとは書かれていない。

そのあとにも佳代ちゃんが霊媒師のような人を頼っているのは
八十子さんが入っていた『A』←大山ねずの命神示教会
の関係があるのだと思います」(八十子さんの同級生)

現在の小室家の自宅(横浜市)近くにある飲食店に
約15年ほど前、佳代さんは“霊が見える”という
女性を連れてきたことがあるという。

店に入ると“この絵がここに飾ってあるのは知っていました”と
店内にあるものがわかっていたような口ぶりだったことを覚えています。

さらには、霊が見えると言って店内の空席を指さして
“圭くん、あの席からお父さんが見てるよ”と圭くんに話していました。
宗教関係の方だったようなので『A』←大山ねずの命神示教会
の関係者だったのかもしれませんね。

大体このような感じの記事でした。

興味を引くのはやはり、大山ねずの命神示教会
その関係者と思われる「霊が見える」という当時30代女性で
今は佳代さんと同年代になっている。

大山ねずの命神示教会元信者の凄惨な事件もくぐると
藤沢悪魔払いバラバラ殺人事件
1987年(昭和62年)に起こった猟奇殺人事件。
自分に神が降りた。この世は悪魔だらけ。
悪魔を追い払う救世の曲を作れるのはおまえしかいない」
と従兄にこう言われたZは本気で「救世の曲」の作曲に取り掛かる
(3人がかつて入信した新宗教にはこうした教義は一切ない

藤沢のアパートで「救世の曲」の製作が開始されて1週間ほど経過して
Zが「魔に憑かれてしまった」と言い出した。
従兄はZとにらめっこのようなことをして自己流の悪魔払いを行うが
効果が得られず、とうとうZを絞殺。
その後、Zの妻と二人で「救世の曲」を聴きながら、Zの遺体を解体していく。

おどろおどろした横溝正史の小説の世界である。

自分の経験から。

私もカを取ると「トリック教会」と神父様が笑って話していた
トリック教会の信者ですが、産まれた時に受洗した人以外の
成人してから受洗する人には、なにかしら悩み、重荷があるもので
それを少しでも軽くしたい、あるいは、神に祈り神の助けを借りて
生きて行きたい、あるいは、導かれた、聖歌が好き、百人百様なのです。

産後リュウマチになったということは、若くして病気になった
子育ても大変だったことでしょう。
神にすがりたい気持ちも察することができます。

大山ねずの命神示教会のことは知らないので書けませんが
“霊が見える”女性のエピソードはかなり怪しい。
誰でも言える事を言っています。

長くなりました、歯科医に行くのと旦那が休みなので本日はこれで。

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